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13話 大きな背中

last update Date de publication: 2026-02-02 17:20:04

湊は信じられないものを見るような目付きで私を見ている。

(あぁ、そう言う事ね……)

私は湊のそんな顔を見てやっと理解した。

湊の時間は五年前で止まっているのだ。そこから動いていない。今、目の前に居る私が五年前の私と何も変わっていないと、そう思い込んでいる。いや、そう思いたいんだろう。きっと湊自身もそうだから。だから突然、私が天才医師「X」として目の前に現れた今の現実から目を逸らしているのだ。

「あぁ、そうさ。俺が五年前に燈に酷い事を言った。俺は後悔しているんだ。あんな事を言うべきじゃなかった。意図せず俺たちの会話を聞いてしまったのかもしれないが、あの時の俺はどうかしていたんだ」

(どうかしていた、ね……)

(それは今もそうじゃない)

そう思ったら笑えた。私が何も言わないで笑ったのを、湊は自分に都合良く受け取ったのだろう、私に懇願するような眼差しを向けて言う。

「どうすれば良い? 跪いて謝れば良いかい?」

さも自分が譲歩していると言わんばかりの言い方だ。ケンカ別れした恋人たちがなし崩し的に仲直りするような、そんな展開が湊の頭の中では繰り広げられているんだろう。私は湊のそんな態度に呆れ返
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    部屋の扉が急にバン! と開いた。振り返るとそこには駆け込んで来た賀神さんが居た。「高嶺! 佐伯顧問!」そう叫びながら入って来た賀神さんは、私たちを見て、駆け寄って来る。「高嶺!」そう言いながら遼大を抱えている私に言う。「代わります」そう言って遼大の腕の下へ頭を入れて、遼大を支える。ドカドカと数人の黒スーツの人間がなだれ込んで来る。「総帥!」そのうちの一人がそう叫ぶ。(遼大の部下の人たちなのね)そう思うとホッとする。「燈……」遼大が呼ぶ。「居るわ、ここに居る」そう言って遼大を支えている賀神さんとは反対側に回り、遼大に寄り添う。◇◇◇すぐに遼大を運び出し、聖カトリーナへ搬送する。その間、賀神さんが冷静に遼大の体の状態を診察する。「何か薬品を嗅がされたんですね?」賀神さんにそう聞かれて私は頷く。「えぇ、嗅いだ事のあるような、そんな気がしたわ」賀神さんがそれを聞き、遼大に聞く。「高嶺、今、どんな感じだ?」そう聞かれた遼大が言う。「確かに麻痺はある……手足が痺れている……だが意識はあるし、聴覚も触覚もちゃんとある」そう聞かされた賀神さんが少し考える。「筋弛緩薬に近いのかもしれないですね」動かしにくいであろうその手を動かして、遼大は隣に座る私に手を伸ばす。「ん? 何?」そう聞きながら私はその手を取って、握る。「握っててくれ……」遼大がそう言う。不意に賀神さんが笑い出し、聞く。「こんな状態なのに、どうやって八重樫一晟をあんな状態に?」それは私も聞きたい事だった。あの時、私は動揺していて、何も状況の判断が出来ていなかった。けれど自分がやるべき事だけはしっかりと分かった。八重樫一晟を指輪の麻痺薬で麻痺させる事……。「不測の事態に備えて色々と、備えはあったんだ……」言いながら遼大は視線で自身の着ていたジャケットを指す。「ここに俺が触れると、首元から俺自身に強化剤が打ち込まれる。それで一時的に俺の体はアドレナリンが放出される……」つまりその強化剤であの噴霧された麻痺薬を上回った、という事……。「八重樫一晟は俺を脅威として排除出来たと思ったんだろう、俺を椅子に座らせた。その時にベルトに仕込んであった針金を出し、手錠の開錠をした……」遼大がそう言うと賀神さんが笑う。「お前……あの錠抜けをやったのか?」そう笑

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    八重樫一晟が私に近付く。(ちゃんとチャンスを見極めるのよ)そう言い聞かせながら私は近付く八重樫一晟を見ながら警戒する。「そんなに怯えなくても良い……痛い事はなるべくしないよう、心がける」そう言いながら八重樫一晟はジャケットを脱ぐ。その動作を見て私は悟る。(そうか、八重樫一晟は遼大の目の前で私を抱くつもりなのね)「こんな事をしても何も変わらないわ」私がそう言うと八重樫一晟は締めていたタイを緩めながら言う。「そうか? 本当に何も変わらないと言えるか?」そう言いながら八重樫一晟は私の目の前まで来る。(まだよ……まだ……)私は、はやる心を落ち着かせながら、八重樫一晟が近付くのを待った。次の瞬間だった。私の目の前で八重樫一晟が後方へ吹っ飛んだ。一瞬、何が起こったのか分からず、ポカンとする。「燈……大丈夫か?」そう聞かれてハッとして私は振り返る。そこには手錠を外し、ソファーの背もたれに片手をついて息を切らしている遼大が居た。「遼大……!」私は立ち上がり、遼大へ振り返る。遼大は立っているのがやっと、という状態のように見える。(でもじゃあ、どうして八重樫一晟は後ろへ吹っ飛んだの?)そう思って振り返る。八重樫一晟はコーヒーテーブルの上を派手に転がり、更に後方の床に転がっている。そこまで吹っ飛んだというのに、私の耳はその音すら察知していなかった。「お前……何で……」そう呻きながら八重樫一晟が遼大を見ている。「燈……あいつを……」そう言われてハッとして私は頷き、八重樫一晟の元へ駆け寄り、指輪の麻酔薬を八重樫一晟の首元に打ち込んだ。「止め……」そう言って私の行動を阻止しようとした八重樫一晟の手が落ちる。ガクッと気を失ったのを見届けて私は八重樫一晟の胸元へ手を突っ込んで、拮抗薬を取り出す。それを持って遼大の元へ駆け寄り、小瓶の蓋を開けて、手を止める。(待って、これが本当に拮抗薬だと確信は無いわ……)そう思って私はその拮抗薬を投げ捨てる。拮抗薬の入った小瓶が割れる。「そうだ、それで良い……」遼大がまた膝から崩れる。「遼大……!」私はそんな遼大を支えながらスマホを出す。(泣くのは後よ……しっかりしなさい、燈!)◇◇◇行く先はホテルだと聞いていたのに、扉が開いて、外に出たらそこはホテルなどでは無かった。「降りろ」扉を開け

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    八重樫一晟は笑いながら、更に言う。「高嶺総帥、心配には及びませんよ。その薬品は体の自由を奪いますが、基本的には無害ですし、意識もちゃんと保てているでしょう?」私は両腕を八重樫一晟の部下に掴まれながら、振り返る。遼大は私と同じく八重樫一晟の部下に両腕を掴まれ、強制的に立ち上がらされ、支えられながら椅子に座らされる。遼大は力なく椅子に座ったけれど、八重樫一晟の言う通り、意識は保てているからか、その目は鋭い。私はここへ来る前に遼大から渡された指輪の事を思い出す。けれど私の両側に居る男たちで二人、私の指輪でその二人を麻痺させたとしても、遼大の傍に二人、そして目の前に八重樫一晟が居る。この指輪一つで何とかなる状況では無い。どうするのが一番良いのか。(考えて! ……考えるのよ、私!)自分にそう言い聞かせながら、私は八重樫一晟を見る。「気が変わったと、そう言ったわね?」私がそう言うと八重樫一晟がニヤッと笑いながら言う。「えぇ、気が変わったんですよ。佐伯顧問……いや、燈さん」名前を呼ばれてゾッとする。そうされて私は目の前のこの男の目的がやっと分かった気がした。この男の目的は遼大じゃなくて、私だ。遼大と話し合いをするつもりで私たちを呼び出したけれど、遼大がどれだけ私の為に動いているかは、今までの事を調べれば分かるだろう。それらの事を踏まえれば、遼大の一番の弱点が私だという事も明白。前に賀神さんがそう言った事を思い出す。遼大は何を犠牲にしても私を守るとそう言ったのだ。だから遼大は新見悟の振り回す刃の前に身を投げ出して私を守ったのだから。でも、どうやって?私が遼大を愛していて、遼大を裏切るなんて起こり得ない事だ。いくら遼大を拘束しようが、私に強制しようが、私の心までは変えられない。八重樫一晟は部下が掴んでいる私の腕を掴む。「離して良い」八重樫一晟がそう言うと、私の腕を掴んでいた部下の一人が言う。「ですが……」そう言われた八重樫一晟がその部下を睨み付け、言う。「良いから離せ」そう言われた八重樫一晟の部下が私の腕を離した。私は八重樫一晟一人に腕を掴まれている状態になる。「燈に……触れるな……」背後で遼大がそう言う。八重樫一晟はそれを笑い、私を引き寄せて言う。「大人しくしている方が、あなたの為でもあるし、高嶺総帥の為でもあるんですよ、分か

  • 跪くのはあなたです 流産の夜、私を選ばなかった夫は五年後、後悔する   241話 拘束

    私と遼大はホテルの部屋を出て、八重樫一晟の指定したホテルに向かう。本当ならこちらからも場所の指定をすべきだったのだろうけれど、八重樫一晟がそれをさせなかった、というのもある。私たちは不測の事態を考えて、それぞれが配置につく事にした。実際に八重樫一晟に会いに行くのは私と遼大、そしてその八重樫一晟の居る部屋の近くに賀神さんが、加山良江には愛沢くるみの端末の動きを逐一探って貰い、湊には公的な人間たちのとパイプ役を担って貰った。湊も賀神さん同様、現場に出たがっていたけれど、今回はそれを我慢してもらう形にを取った。私や遼大、賀神さんは現状、国内の医療機関の制約を受けていない。EMSOという組織内のいざこざという側面もある。愛沢くるみが本人の意思で八重樫一晟に付いて行ったのだから、言ってしまえばそれも自己責任の一環だ。そして湊にはそれを止める手立てが無い。「アストリア・メトロポールに向かってくれ」遼大が運転手にそう告げる。私たちが宿泊している【ル・ヴァンドーム】から、八重樫一晟が宿泊している【アストリア・メトロポール】までは、それほど時間はかからない。ヴァンドームもアストリアも国内では最高峰のホテルだ。ヴァンドームは老舗、アストリアは最近出来た先鋭的なホテルだ。アストリアは先鋭的なホテルと言われるだけあって、現代美術品がホテルのフロントに飾られ、異質な雰囲気を醸し出している。私たちがフロントに入ると、アイスグレーのスーツを着た数人の男性たちに囲まれる。八重樫一晟の部下だろう。「高嶺遼大様、佐伯燈様ですね?」そう冷たい無機質な声で聞かれて遼大が警戒しながら頷く。「あぁ、そうだ」そう言うとその男性が言う。「一晟様がお待ちです」そう言って私たちを促す。数人の男性に囲まれて歩いている私たち二人は相当、異質だっただろう。こういう扱いをされると、本当に敵陣に来たのだなと思う。エレベーターで階上へ上がり、ポーンという電子音の後、開いたエレベーターの扉の向こうは、当然のようにスイートルームだった。大きなスイートルームの扉が開くと、目の前の光景がパッと開く。部屋全体がアイスグレーに統一されていて、無機質で冷たい印象の部屋だった。「高嶺総帥、そして佐伯燈さん、良くいらっしゃいました」そういう声が聞こえて、姿を現したのは、その部屋の色にでも染まったかのような八重樫一

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  • 跪くのはあなたです 流産の夜、私を選ばなかった夫は五年後、後悔する   239話 確保

    私の目の前でリムジンのドアが閉められ、私はミニバンに乗るしか無くなってしまった。ミニバン乗ると扉が閉められ、車が走り出す。「どこへ行くんです?」不安になってそう聞くと運転手が言う。「こことは別のホテルへ向かいます」そう言われて私は走り出した車窓から外を見ながら呟く。「こことは別のホテル……」急に不安に駆られる。相手が誰かもちゃんとは分からない状態で、付いていくという判断は軽率だったかもしれないと思えて来る。私は慌てて自分のバッグからスマホを取り出し、検索を掛ける。◇◇◇「愛沢くるみの端末から動きがありました」加山良江がそう言う。「何が動いた?」湊がそう聞くと加山良江が言う。「八重樫一晟について、調べているようです」愛沢くるみのスマホにバックドアを設けてあるお陰で、愛沢くるみの検索履歴や、その内容までもが筒抜けである今の状況は、何よりも有り難かった。「八重樫一晟については、検索してもそれ程、怪しい情報は出て来ないからな」遼大がそう言う。それはそうだろう。「愛沢くるみがどこまで深く検索を掛けるかってところですね」賀神さんがそう言う。湊の話では愛沢くるみは自分を客人扱いしてくれた、良く知りもしない八重樫一晟にホイホイとついて行ったのだから、そこは望めないだろう。遼大が深く溜息をつき、言う。「やはり八重樫一晟に会いに行かなくてはいけないな」私はそう言う遼大に言う。「でも私たちが八重樫一晟に会いに行ったところで、自分の魂胆を開示してくれるなんて事、起こり得ないと思うの」そう言うと遼大が少し笑う。「そこはお互い様なんじゃないかな、互いに腹の探り合いを言葉のチョイスや声のトーンからやるしかない」その時だった。遼大のスマホが鳴る。その場にいた全員が顔を見合わせる。遼大はスマホを取り出し、画面に表示されている名前を全員に見せる。八重樫一晟全員が息を飲み、そして息を潜める。遼大はテーブルの上にスマホを置き、スピーカーボタンを押し、通話を開始する。「もしもし」遼大がそう言うと電話の向こうで八重樫一晟が言う。『高嶺総帥、八重樫です』移動中なのだろうか、声が弾んでいる。「八重樫理事長、何の御用かな」遼大がそう言うと、電話の向こうで八重樫一晟が言う。『もう既にお聞き及びだとは思いますが、愛沢くるみをこちらで確保させ

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